文学賞に落ちました<2>

本気で芥川賞を狙って書いた意欲作が、群像新人文学賞の一次選考にも引っかからなかったので、「妖精さん」のナビのもと、晒して見せようという企画の第二弾。第一弾は昨日の日記にあるよ。

妖精さん)きょうの ところが たぶん くらいまっくすだよ。

 携帯の充電が切れそうなのでネットカフェにでも入って経過を見ようかと東口に移動して来た。ラーメン屋が十数軒並ぶ細い通りには、耳からも息を吐き出したくなるような異臭が立ちこめている。昼間ここに行列を作っていた東京中の「ラーメン乞食」たちの腹の中も、今ごろ同じ匂いで充満しているのだろう。
 生ぬるい空気がぐらりと揺れ、駅の方を振り返ると胸の高さを滑空してくる、カラスが見えた。
 咄嗟に右足を出した。
 フットサル用に作られた薄っぺらいアディダス製スニーカーの土踏まずの辺りに柔らかさと重さを感じ、航空ショーの壮絶な事故映像の形態模写でもするようにしてゴミ臭い水で濡れた黒いアスファルトに激突するカラスの姿が、右の肩越しに見えた。
 下ろした足を見るとジーンズとショートソックスの隙間に引っ掻き傷ができていて、少し恐怖を覚える。猫に引っ掛かれても悪い菌が入り込むかもしれないというのに、カラスの爪にはどんなアブないのが棲んでいるか知れたものではない。辺りを見回す。青いゴミ収集車と出勤明けらしい水商売絡みの男女が歩いているだけだ。誰も俺のクリティカルヒットの目撃者にはなっていないらしい。
 よたよたと起き上がり、くえ、くえと痰の絡んだような声でうめくカラスにゆっくりと歩み寄り、プロレス選手のように大げさな仕草で蹴る。痰の絡んだような悲鳴が、首が折れて喉が塞がれているためだろう、肉の中でくぐもった響きとして足に伝わる。路肩の排出口に足が挟まって、まさにサンドバッグ状態になったそれを、思いに任せて蹴る。足の甲で。内側、外側で。踵で。爪先で。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。就。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。職。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。難。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。蹴。
 ばち、と音がして足がもげ、舞台は再びアスファルト上へと移った。デューク更家流のウォーキング技法を拝借して、踵から下ろし、足の外側を通って母子球の辺りに体重を流す。鶏肉の部位で言うところのムネの辺りから顔面へ、ワン、ツー、ワン、ツー。踏みつける。十回目くらいのツーで左の目玉が飛び出した。へその緒のようなものが付着したまま、とろりと地面に垂れ落ちる様子が二十四時間前に部屋で食った黒豆納豆そっくりなそれを、コンビニのレジで五十円玉を落としたときのように素早く、爪先で踏みつける。プチ、という感触を予想していたが、実際はギョリ、という心地よいとは言えないものだった。
 足の甲で前に押しやると、アスファルトの表面を擦るズズザという音を引きずって五十センチほど動いた。ズズザ、ズザ、ズズズザ、サッカーのドリブルのようにして前進する。目指すべきゴールを探してルックアップするとすぐにおあつらえ向きのが見つかったのでそのまま前かがみになって右足を頭の位置よりも高く引き、やつのすぐ脇にまっすぐ添えた左足をかすめるようにして、体重を載せた渾身のインステップシュートをお見舞い。蹴り上げる際に爪先で微調整したのも手伝って、黒い肉塊は奇麗な弧を描いて大型ごみ収集車の後部へ吸い込まれた。両手を天に掲げてガッツポーズ。ビルに切り取られた曇り空が白い。反動に任せて足下を見ると、もう一粒の黒豆納豆が落ちている。道で五百円玉を見つけたときのように、そおっと下ろした踵で、踏みつぶす。今度はプチンと、よい音がした。ワンテンポ遅れて、すでに一ブロック離れていた青いトラックの後部で、爆発のようなイナナキ。上機嫌な俺は、その場でボックスステップを踏み、ついでに「目玉」と「こだま」、「断末魔」を盛り込んだ韻も踏んだ。そしてこの日から俺は、一日一匹のカラスを蹴り殺すことを自分のノルマと課した。
 来年か、再来年か知らないが、タレント名鑑の「た」行、「二十四時間戦えますか」の時任三郎と「勉強しまっせ」の徳井優の間にお笑い芸人「トーキョーボーイ」の名が載る時が来たら、編集部にはこうFAXしよう。
『本名 猿渡誠二/1977年7月7日生/岡山県出身/日課 一日一匹のカラスを蹴り殺すこと』

(つづく)

妖精さん)「ける。ける」のところをちゅういしてみると いくつか ほかのもじが あるね。