文学賞に落ちました<1>

『トーキョーボーイ』

妖精さん)きいたことある たいとるだね。

1.ある日

妖精さん)あるひ って いまどきね。

 どこでもいい。緑色のマーカーで適当な大きさの円を描けば、そこには多くの物語の舞台となる東京中心部の地図ができあがる。JR山手線。もしオレンジ色のマーカーも持っていたら、二分するようにして横線を引いてみたらいい。同じくJR中央線のできあがり。その単純明解な地図の左側で緑とオレンジが交差している部分が新宿だ。「不夜城」と呼ばれる歌舞伎町があるのは東口、芸人なら誰もが憧れるお笑いの聖地「ルミネ・ザ・よしもと」があるのが南口(ルミネ口)、そして小田急や京王、地下鉄の出入り口も集中している西口から徒歩で三分ほどの場所に、ここ、ヨドバシカメラがある。カメラはもちろん、家電なら何でも揃う。夜十時まで開いているのも競合店にはない魅力の一つだ。ホームレス対策の意味もあるのか、閉店後も店頭には煌々と明かりが灯っている。本当に真昼のような明るさだ。
 ヨドバシカメラの向かいは長距離バスのターミナルになっており、新宿の血液とも言える田舎者たちを日夜運んでいる。今は最終の長野行きから始発の新潟行きまでの短い休息のため、シャッターが下ろされ照明も落とされている。向かって左側に、アサヒ、アサヒ、サントリーコカ・コーラ、各社のエース級だと思われる、十三から十四の商品を三段に構えた自販機が四基並んでおり、異様な存在感を放っている。
 その全基に千円札を投入。スタンバイ・オーケーです、という声が聞こえてきそうな、近未来風のビジュアルだ。右端、コカ・コーラのものの下段、左端のボタンを押す。がとん、という音。スタンダードな赤い缶が取り出し口に落ちたはずだ。
 間を置かずその隣のボタンを押す。がとん、さっきより低く聞こえたのは気のせいだろうか、少し黒ずんだ、カロリー半分を売り文句にしている赤い缶が落ちたはずだ。妖精さん)あ ぎゃぐ だね。
 がとん、がとん、ごて、ごて、ごと。
 千円を入れる。うぃー。こと、びー。詰まってしまったのか、落下音がしなくなったが、気にせずボタンを押す。びー、びー、びー。
 上の段。びー、びー、びー、びー、びー、びー、びー。
 うぃー、千円投入。ぼえー、戻ってくる。うぃー。びー、びー、びー、びー、びー。びー。
 上の段。びー、びー、びー、びー、びー、びー、びー、びー、びー、びー、びー、びー。
 隣の基。がとん。小さな青い缶だ。がとん、青い缶。ぼてん、緑色のペットボトル。ぼてん、ぼてん、ぼて、ぼて。うぃー、びー、びー、びー、びー、びー。
 がとん。うぃー、がとん、ごてん、ぼて、びー、びー、びー。
 うぃー、ぼえー、うぃー。ぼてん、ぼてん、ぼてん、かとん、こてん。
 ごへんごへん、ごへんごへん、東口と西口を隔てる大ガード付近から、薄く、始発の山手線の音が聞こえてきた。早く作業を終わらせよう。

 

 極限まで伸びた赤いビニール紐を極限まで短く結んだカードを首に巻き付けて朝顔を見ながら色の薄いアスファルトの道を歩いているラジオ体操帰りの風景が、時間にカウントできないくらい短くフラッシュバックして、夏の朝の匂いを嗅いだのだと思った。妖精さん)なつの おはなしなんだね。ヨドバシカメラの前に設置された、座るには中途半端な高さの赤と白のガードレールに足をぶらつかせて腰掛け、携帯電話の画面を見る。二十分程前、名前だけはよく知っていた巨大掲示板に新たに立てたスレッドには、信じられないことに、百を越えるレスポンスが付いていた。中には「age」「sage」とだけ書かれたものも多い。詳しくは知らないが、きっとageは応援、sageは非難しているのだろう。妖精さん)しらべるのが めんどくさかったんだね。
 ちらほらと人影が見え始めたので少し離れようと、百メートルほど先にあるコンビニへ向かった。素知らぬ顔で、どれだけ近づいても人影でしかない人影とすれ違う際に「神」という言葉が聞こえて、こんな「祭り」に集まるなんて馬鹿だとは思うが、こいつらは皆、愛すべき存在だと思った。コンビニの前で振り返ると、自販機の前にはちょっとした人だかりができていた。

(つづく)

妖精さん)・・・ぼうとうから ふざけすぎだよね。