予習復習

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050407-00000002-abc-l26

ロリコンの起こした事件についてコメント、その時に限ってこのブログは社会的にブログたり得ているようなキモするけれど、あ、キモがキモになった。ATOKってこんなバカだったっけ?

でまあロリコンご意見番、ロリ見番として、かなり最低なこのたびの事件について、色々思ってみました。

ロリコンの神様」。金容疑者のことを私はこう呼ぶことにしている。便宜上。響きがいいので、こう呼ばない場合に比べ聞き手が注意を払ってくれるのである。

彼のことをそう呼ぶのは、そのためだけではない。思うに、彼は「ロリコン」よりは、「神様」なのである。ニュースの第一報でも感じたことだが、上にリンクを引用したニュースで、その考えはより確かなものとなった。

私は神様だから、されるがままにしなければいけない、痛いだろうけど、それは神様がやっていることで、神聖なことなのだ、そう、それこそが歓びなのだ。みたいなことを、信じるのって、大人では限界があるのである。二人に一人は、どんなに洗脳されてても「さーっ」ってなるのである。だから、私はこれをロリコン事件とは考えない。個人的に。神様事件である。

社会的には、最低最悪の事件である。余罪の数もすごそうで、容疑者は酷い刑を食らうだろう。それに見合う酷い犯罪者だと思う。ただ、ロリコン事件と見なさない個人として、被害者に、「子供だとしてもさぁ」という非難を禁じ得なかったりもするのである。

つーかさ、大人にセックスさせたその時点でロリじゃねえよ!! 汲めよ!

アンビバレントなボクらのハート。というのは言わなかったことにして、被害者の両親、これ犯罪的だよね。贖罪の必要アリだよね。

被害者の一人がテレビのインタビューに対して、例のチェンジングボイスで「されなかった頃に戻りたいと思う」と言っていたのは胸が少しだけ痛んで、いや、ゲーム脳ゲーム脳。リセットジェネレーションだと思ったのだが、アメリカの三文映画なんかで知り得た情報によると、彼女らはセックス中毒になるか、男性恐怖症になり、カウンセラーに恋をするらしいのだが、日本の三文映画だと、仮出所まで、10年くらい? じゃあ10年後、22歳くらいになった被害者たちが結託し、容疑者に復讐を果たす。トラウマとも戦いながら、あの手この手を使って。彼女らは一様に「マリア」と名乗り、内股には十字架の入れ墨。ラスト、生き残った一人がS&Wのチーフ・スペシャル(※)を握りしめ容疑者に詰め寄ると、「かか、金か!? 金ならいくらでも出すっ! ひひ〜っ」。しめった銃声。額に弾痕のアップ(ストップモーション)、安堵と「その他」、二種類を混ぜた女優の表情。職権を超えたところで彼女らに荷担してしまい、命を落とすことになったカウンセラーに一言、「私は一人で生きていくわ」的な台詞。エンドロール。(『復讐のマリア』2006日本、78分)

(※S&Wのチーフ・スペシャル=「女性にも扱いやすい銃」で検索して出てきた)