文学賞に落ちました<4>

本気で芥川賞を狙って書いた純文学小説が群像新人文学賞の一次予選も通過せずで、もったいないのでネットにでも載せるかという企画の4回目。

(これまでの あらすじ)ピン芸人「トーキョーボーイ」は日課として「一日一匹のカラスを蹴り殺す」ことを決意する。おもちゃのトカレフを入手したトーキョーボーイは、歌舞伎町へ・・・。

 ジーンズの後ろポケットに、右向きにグリップをはみ出させてトカレフを差し込み、歌舞伎町を闊歩する。Tシャツの裾で隠れているため人目を気にする必要はないが、然るべき人が見れば、あるいは判るのかもしれない。平日昼間の歌舞伎町、人間の数は充分に多いが、夜の混雑、特に客引きの数を思えば、まだ許せる人口密度だと思う。
 所変わって海の向こうアメリカでは、最近、ある方法の「自殺」が、語弊があるかもしれませんが、一種のブームのようなことになっているそうです、と一昨日、スポーツ新聞を読み上げる早朝番組のキャスターが言っていた。その自殺方法とは、作り自体は古今東西の映画で使い古されている手法(チャーリー・シーンのものをよく覚えている)だが、実行したとなると感動的なものだった。
 ストリートで水色の制服を着たポリ公と対峙し、やにわに懐に手を突っ込む。アホなポリ公はそのマヌケ面をしかめてホルスターからピストルを外し構える。
「フリーズ!」
 お決まりの台詞を聞くや否や、若者は目にも留まらぬ早業で、その四次元に通じた懐から殺傷力のない代わりに夢に満ちた様々な「道具」を取り出し、それと同時か少しフライング気味のタイミングで九ミリ弾を脳天にブチ込まれ、夢を叶える。うろ覚えだが、去年一年間で二百人やそこらの青年が、そうやってドアの向こうへ旅立っていったのだとか。自由の国、万歳だ。
妖精さん)かっこいいね。
 コマ劇場裏の交番。Tシャツの裾が気になり、心持ち姿勢を正して歩く。某大手レコードショップを模した風俗店情報案内スペース、その名も「HMB」の店頭に置かれた小さなラジカセのようなものからエミネム押韻が聞こえ、すぐにドップラー効果の稜線に沈んで行った。エミネムに関して俺は何の知識も持っていない。ヒットした自伝的映画を見たこともなければCDの一枚も持っていない。彼について俺が持っている知識といえば、韻を踏むということと、その色くらいだ。それもまた、黒だか白だか、薄ぼんやりと。韻というのは踏まないよりも踏むほうが大変だと思うので彼らのことを尊敬してはいるのだが、知識としてはその程度だ。そのようなことでなぜ今の押韻エミネムのものだと判ったかというと、彼本人が、「HMB」を通り過ぎた五秒そこそこの間に、正味三度は「エミネム」と、日本人の日本語耳にもはっきりと聞き取れる発音で押韻していたからだ。もしかするとエミネムのライバルに当たるようなヒップホッパーが「エミネムよ、ようエミネムよ、そろそろオネムの時間だぜ」というような意味の韻を踏んでいたのかもしれないが、たぶん違うと思う。なぜなら「HMB」は流す曲までウソにする必要はないからだ。妖精さん)なんの はなしを しているの?
 出所不明の湯気が立ちこめるタチバナビル付近に差しかかって、さらに数段、背筋を伸ばす。以前この辺りで身長三メートルのグラサンスキンヘッド黒スーツを四人引き連れた「本物中の本物」を目撃したことを思い出したからだ。やつらの懐には本物のトカレフとジャンケンしても負けないような、グーかチョキかパーが悶々とその出番を待ち構えているに違いない。
 引き返そう。決心するが早いか踵を返した、瞬間、背中の後ろで充分に熱したフライパンの上にバターを敷き、焦げないように気をつけながら丁寧に煎ったポップコーンが弾けるような、湿った炸裂音が響いたのだった、と頭の中で独りごち、右折してタチバナビルを左手に見ながら行き過ぎる。ラーメン屋の前に置かれた水色のポリバケツのフタにカラスが止まって、楽器を鳴らすようにかしゃかしゃと足踏みしている。音楽とは、音を楽しむと書くのだなあ。妖精さん)いい ことばだね。
 十五メートルほど向こうから、大量の、おおよそ三百個くらいの風鈴をぶら下げた物干し台のようなものを担いで、紺色の作務衣を来た白髪の老人が近づいてくる。普段なら納涼を促進するはずである風鈴の音も、あれだけ集合すればちょっとした嵐だ。「金の斧、銀の斧」のパロディコントで、キレる寸前の女神様が出水するシーンの効果音にしたらいいのではないかというような、荘重なクレッシェンドとともに、一歩一歩、確実に地面を踏みしめ近づいてくるおじさん。東北辺りから出稼ぎに来たのだろうか。あるいは新手の当たり屋かもしれない。
 撃ちたい。三百の風鈴を、乾いた吐瀉物のこびりついたアスファルトに撒き散らしたい。
 右手を腰に回してトカレフのグリップを握りしめる。背中で重そうな車の排気音が聞こえ、ベンツに違いないと思った。銃を抜くのはまずいだろうか。しかし、沸き起こった衝動を抑えきれない。
 意を決してトカレフのグリップを握り直した、その刹那。急発進したベンツが俺の左肘をかすめて行き、そして時速五十は出ていると思われる速度のまま風鈴おじさんに突っ込んだ。飛び散る風鈴。風鈴。風鈴。風鈴。中略。風鈴。風鈴。風鈴。おじさん。風鈴。風鈴。風鈴。風鈴。以下省略。半径三メートル程の範囲に散乱した破片は更にベンツの見事なハンドリングでにじり踏まれる。そうして今や色とりどりの粉末となった風鈴と風鈴おじさんは、このあと強いビル風さえ吹けばさらりと吹き飛び、この淀んだ街並みに一筋の虹を架けることだろう。

(つづく)

妖精さん)ゆめが あるね。