文学賞に落ちました<3>

本気で芥川賞を狙って書いた意欲作が群像新人文学賞の1次選考にもひっかからなかったので、「妖精さん」の感想付きで全文掲載してしまおうという企画の第三弾。

(あらすじ)フリーのピン芸人・「トーキョー・ボーイ」こと猿渡誠二は、ある朝、新宿でたまたまカラスを蹴り殺す。気をよくしたトーキョーボーイは、「一日一匹のカラスを蹴り殺す」ことを決意する。・・・

 一日一匹、カラスを蹴り殺す。夏休みの予定表を立てるときのような、ちびまる子ちゃん的ノスタルジーに浸りながら、狭い正方形のテーブルに置かれたコーラを、ストローを使わずに飲み干す。とにかく、座ってコーラが飲みたかった。右足の甲は、余韻という言葉がちょうどしっくりくる程度に疼いており、その心地よさのタマに文字通りキズをつけるように、カラスの爪による引っ掻き傷の熱いような痛みが向こう脛に残っている。コンビニでアンパンマンがプリントされた液体ムヒを買って噴霧しておいたのが効いたのか、特に化膿などしている様子はない。
 本当は今すぐにでも熱いシャワーを浴びたいのだが、家に帰る前に何か具体的な準備をしなければ、決意が雲散霧消してしまうような気がする。今あらためて思い出すことすらできない、これまでの目標と同じように。妖精さん)てんぽが いいね。
 割烹着風の若いウェイトレスが、注文した「豚カツを煮込んでみました定食」を運んできた。「みました」という響きにも、豚カツという食材にも惹かれたわけではなく、消去法、というわけでもない。ご注文お決まりですかと訊きに来るまでコーラのことしか考えていなかったので焦って適当に指さしたのがこれだっただけなのだが、しかし、戦闘の後に滋養のあるものを食すのは悪いことではない。勝負にカツ、という、明日以降の景気づけにもなるではないか。
「おひつ家」という店名の通り、この都内各地にチェーン展開している定食屋では、ご飯が最初「おひつ」に入った状態で運ばれてくる。旅館の朝食のようで初めのうちは新鮮だったが、何度も来ているうちに慣れてしまい、おかわりが自由だということだけが魅力になっていた。
 よそい終えた大盛りのご飯茶碗を左手に持つや否や口の中で唾液があからさまに分泌される。腹が減っているのだ。「敵は本能にあり!」などと本能に逆らっても仕方ないので、「これを早く掻っ込みたい」という気持ちに素直に従う。たぶん今、間抜け顔だろう。左手で茶碗を持ったまま右手で割り箸が入った木目調プラスティック容器のフタを開け、一膳ピックアップ。六割ほど被せられている袋状の紙を口で外し、右手だけで箸を、ぴし、と、割れない。固い。右手で袋状の紙を外し、口を使って箸を割る、という工程を踏むべきだったことに気づくが後の祭りだ。袋状の紙は忍者ハットリくんのように上下の唇に挟まれたまま、俺は茶碗を持った左手と未割の割り箸を持った右手を肩の高さでキープした格好でただただ眼を左右に泳がせるしかなくなってみました。

妖精さん)いまのところ なんにも いってないよね。

 もうかなり高い位置から注がれている太陽光線によって、残っていた眠気もリセットされた。結局ご飯を大盛りで三杯平らげ、十二分目まで膨れ上がった腹を抱えて、開店直後でまだ少し落ち着きのない「さくらやホビー館」の万引き防止用ゲートを通り抜ける。大きなポスターの中で、青いシスター服で口径の大きな拳銃を構えた赤髪の少女が笑顔を作っている。反射的に彼女と同じものにしようかと考えたが、妖精さん)くろのくるせいどの ろぜっとだね。既に買うべき銃は決まっている。トーキョーボーイがカラスを蹴り倒すのに役立つ道具が、道具と書いてチャカが要るとすれば、トカレフに勝る型式は思い当たらないではないか。
「あのぅお、つかぬことをお聞きしますがぉあ」
 俺はすべての交渉をクラウチングスタートで執り行う。「こんにちは。すべての交渉をクラウチングスタートで執り行う二十七歳のお笑い芸人です」、出会い系サイトの掲示板にはそう書き込むだろう。はい、と返事する店員はサービス業に似付かわしくない負の空気を纏っている。良く言えば「専門臭」。その、目つきの悪い、俺より少し年下と思しき青年におずおずと切り出す。
「ええと、ですね、例えばマルイの電動ガンなんかでですね」
 中学のときに流行っていたサバイバルゲームの知識を最大限に活用する。
トカレフー、なんてのは、ござんせんでしょうかねえ?」
 ネットで調べられればこんな無駄な緊張をせずに済んだのにと後悔するが、ネットカフェで巧妙に調べてから購入するのなら、トカレフである意味がないのだ。
「あいにく電動のはございませんが、ガスのものならございますよ」
 あっさり。青年の人柄も意外と爽やかだった。
 ハドソン社製、ANK―001 トカレフTT33 ABSブラックモデル、税込一万七千六百四十円。ベレッタやグロックなどの花形と比べればキワモノである我がトカレフ、まだ電動化の機会は訪れていなかったが、ガスガンがあっただけでも万万歳だ。
 一緒に替えのマガジンを一本と、フロンなどの環境汚染物質が使用されていないガスボンベを三本購入。弾は、一般にBB弾と呼ばれるプラスティック製のものの代わりに、しばらく風雨に晒せば土に還るという特殊樹脂製のを五千発購入した。どちらかというと、エコというよりも、エゴに配慮した結果だ。地球に、何というか、異物を残すのが嫌だったのだ。

(つづく)

妖精さん)とかれふは こわいですね。じかいの こうしんを おたのしみに。