ハローイブニング

夜、渋谷シネマライズへ『ドッグヴィル』を観に。去年から観ると決めていたのに、結局前売りでもチケット屋でも買えず、最終日の最終回(有楽町ではまだやってます)に1800円払うハメに。

約3時間、ほぼ全編、全秒、他人事ではなかった。自分の「幸福」ベースに情報を書き換え、遮断し、時にはハネつける、言わば他者の存在しない人。彼らはあなたの周りにもいるはずで、彼らの存在が見えないとなると、それはあなたがその現実をハネつけているということだ。僕はある「実例」をきっかけに彼らの存在に気づき始め、なんとか救ってあげたいと躍起になっていた。そしてそれを、商品化できないかと目論んでいた。映画のストーリーテラーとしての役割を序盤せおうことになる作家志望の青年は、紛うことなく、僕自身だった。

ニコール・キッドマン演じる主人公がラスト、「彼ら」の態度に対し一つの決断を下す。その決断は、僕が思い描いていたものとそう離れてはいなかったが、思い描いていた外側から一枚はらりと落ちてきて、巻き込まれ、踏みにじられた。

パンフを読んで、ダンサー・イン・ザ・ダークからドッグヴィルに流れたわけではなく、最初からこの監督は「彼ら」に対する一つの態度を持っていたのだと知る。

友達と合流。道玄坂の頂上にある店でダーツをした後、下北に帰ってお茶を飲みながら話す。人生において星の数ほどこなしてきた選択の中で、半分以上同じものを選んできた人間というのはいて、そういう人たちと一緒にいると心地が良く、目が増える分だけ世界も少しだけはっきりと見えてきて、決してマイナスではない。が、人生のうち数%しか同じ選択肢をとってこなかったにもかかわらず、1000個に1個、レアな選択肢が一致するような人間というのも貴重な存在である。何が言いたいかというと、申しあわせたわけでもなく、二人とも「亀井派」だったのである、非政治的な派閥問題において。(それでいてミキティーに関しては白黒はっきり別れた)

帰宅、就寝。