亡命の女(ひと)

北朝鮮「亡命」の女性帰国」(時事通信社

北朝鮮から2年ぶりに帰国し、疲れた表情で記者会見する北川和美さん。「事情があって日本を離れたいと思って北朝鮮に渡ったが、日本が恋しくなり帰ってきた」と経緯を説明

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20051103-04077981-jijp-soci.view-001

この人から目が離せない。恋に似た感情である。

薄い。浅い。ブームの頃はオウムに入信してみたり、情動型で、思慮に欠ける。でもたとえば人生の上で形作られた個性に従順に生きていれば、日本にいる半数以上のOLが、同じ行動をしていたとしてもおかしくないのではないか。

個性というのをここでは、生まれてきてから、すぐ泣くか、ごねるか、右手でおっぱいをつかむか、左手かというようなところから始まる無数の選択の軌跡だとする。複雑な波線状でそれを表してみて、中央からある程度の範囲を一対の平行線で仕切ってみて、それを「社会(性)」であるとしてみる。そうすると、平行線の内側にある「個性」は、多く教育によってそこへ押しとどめられていることになる。

「亡命の女」は何の偶然からか、そこからフリーだったため、過度に「個性的」に見える。そこが、恋に似た感情をも錯覚させるのかもしれない。(下の方に書く予定の、結論めいたものに続く。今は銀行へ行かなければならないので)